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中田 洋介選手

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プライベートプロフィール

「大船渡で過ごした時代」

中田 1981年9月15日、岩手県大船渡市生まれです。その後高校を出るまでずっと大船渡に住んでいました。
 僕が子供の頃は、室内でゲームをするよりは外に出て公園でボールを蹴ったり野球をしたり、そういう風に外で友達と遊ぶ方が好きでしたね。今の子供たちだとテレビゲームをする子が多いですけど、その頃はまだそんなに普及していなかったこともあるし、それよりは日が暮れるまで遊んでいる方が多かったですね。
 サッカーを本格的に始めたのは小学校三年生の時、大船渡三陸FCに入団してからです。

その後大船渡中学でサッカーを続けた中田は、高校時代に恩師のもとで数々の貴重な経験を積む。


中田 大船渡高校への進学は、家から一番近い高校が県で一番強い高校ということで、もうそこ以外行くところはないという感じでした。
 僕が高校三年生の時に岩手県でインターハイが開催されました。そのため、僕は中学校の時から強化指定選手としていろいろな強化事業には参加していました。当時の大船渡高校には(小笠原)満男さんも、齋藤(重信)先生(数多くのJリーガーを育て上げた東北の高校サッカー界の名監督)もいて、当然強化に対して力を入れていましたので、高校進学は迷うことなく大船渡高校しかないと思いました。
 齋藤先生には本当に影響を受けました。先生には全ての面を伸ばしていただきました。精神面、技術面でもそうですし、サッカーだけじゃない生活態度に至るまで全部教えていただきました。だから全てにおいてサッカー選手っぽくなったのが高校時代ですね。当時はまだプロまでは意識していませんでしたが、サッカーに対する意識が高まったのがその時期でした。
 高校時代に印象的だったことは、まず試合以外では、岩手県インターハイで選手宣誓をしたことですね。試合では、高校三年の時、全国高校選手権一回戦で多々良学園に負けた試合です。それは結局高校最後の試合になったわけですが、試合は1-1でロスタイムに入って、PK戦になるかと思ったら、ロスタイムに相手に決められて…。ドーハの悲劇みたいな衝撃でした。僕自身はPKはどっちに蹴ろうかな、なんて考えていたのに決められてしまって…ずっと押していただけに、すごく悔しかったですね。


「大学の最高峰の中でやってみたい」

中田 駒澤大学に入ったのは、まず高校からプロに行くのはまだ無理だと思っていましたし、先生からも大学進学を勧められたこともあったからです。駒澤大学は関東大学一部リーグという、多分大学サッカー最高峰の中でも歴史があるし強いイメージがあって、しかも多くのJリーガーを輩出している大学ですから、その中でやってみたいなという気持ちもありました。それから高校の時から僕を見てくれた人の中に、駒澤大学の関係者の方もいたからです。それで駒大に推薦で行くことになりました。
(つづく)

 

中田 洋介選手

 

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