財前 そうして18歳で海外に行った時は、もう怖いもの知らずでした。海外に行っても自分はやれるとは思っていたんです。
当時は日本人が海外でプレーするのはまだ難しいことでしたが、その頃にカズ(三浦和良)さんがイタリアのジェノアに行ったんです。それと同時に自分もラツィオに留学したのですが、それなりに大変でしたね。海外では「日本人がサッカーできるのか?」という風潮でしたから。
最初はやっぱりいじめがあるんですよ。言葉も通じませんし、言葉が通じないとボールも回ってこないし、たまにボールがきてもわざと強いパス出したり、そういういじめがあって投げ出したくなるということもありましたよ。
でもそんなとき、こっちは自信満々で行っているんで、強いパスが来てもピタッと止めてみせるんですよ。「どうだ!」という感じですね。そうすると、チームメイトの態度の変わりようというか、自然にチームに入っていけました。
やっぱりチームメイトに認められて初めてチームの仲間に入れてもらえるという感じですね。
やっぱりそういう経験を乗り越えてボールが回ってくるようになり、お互いの信頼ができる。僕の場合のいじめは軽い方でしたけど、若いときにブラジルに行ったりした選手などは、わざとボールをみぞおちに蹴り入れられたりとかあったようです。
そのときのラツィオに一年留学した経験がすごい自信になったので、スペイン(C.Dグロニエス)へも再び自信満々で行きましたよ。スペインで契約してもらえたというのもすごい自信になりました。そういう意味で、世界で認められたことは嬉しいと思います。
いろいろな困難をプレーで解決していくというのは、非常にいい経験ですよね。それは大人になってもそうです。
イタリアに行った中田(英寿)も「ボールが来ない」ということがあったみたいですけど、そういうのは海外なら当たり前のことなんですね。
だから海外に行って一番得るものは、気持ちが強くなるということですね、タフさというか。海外では弱気じゃできないですよ。特にイタリアという国は非常に難しい国なので、そういう意味で中田(英寿)とかはすごいと思いますね。あの難しい環境の中で結果を出せるというのはね。
自分が海外で得たものは、自信も含めすべてですね。海外では練習の態度、スピード、強さ、すべてのレベルが違いました。でも、結局その後の怪我のために、海外の夢を諦めて日本に戻ってきたんですが。
(つづく)
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