財前 自分は18歳からヨーロッパに行ったんですけど、結局その3年の間に膝の前十字じん帯を切る大怪我をしてしまって、結局出場機会がなくなってそのままリハビリ生活を送ってしまいました。ヨーロッパでサッカーをやるのは年齢的に早かったんですけど、大きい怪我をしてしまったので、海外でサッカーをするのは21歳くらいで諦めたんです。
それで、ヴェルディに戻ったんです。でも、海外に行った割には何もしてこなかったというので戦力外になってしまいました。
そこでどうするかということになったときに、クロアチア(HNKリエカ)に行くことになりました。イタリアやスペインに行ったときは計画的だったんですけど、クロアチア行きは違いました。クロアチアに行ってみるとフィジカルやパワー主体のサッカーで、自分みたいなプレースタイルではないんですよね。
サッカー観が合わないし、自分にはちょっと厳しくてね。
その時にもう日本に戻ろうと思いました。ヨーロッパ、ヨーロッパと言わないで、やっぱりサッカー選手として試合に出ることが大事だと。
そうやって日本でのプレーを考えたときに、J1のチームからの勧誘もありました。でも、実際自分が商品だとしたら「財前という選手は知っているけど、何年もプレーしている姿は見ていない」というように不良品扱いなわけです。
相手にしてみれば、怪我も治っているのか治っていないのか不安でしょうし、そう思われるのであれば、いきなりJ1のチームへというのは自分には無理だろうと考えました。当時J1チームのトップ下はどこも外国人でしたしね。
J1のチームに見栄で行ったとしても、試合に出られなければ一緒だと考え、J2のチームでもいいと判断しました。そのときはまだJ2に抵抗もありましたが、そうも言っていられない状況だったので、プライドも全部捨てて、出場できるというチームがあるのならば、一から出直そうと思って日本に戻ってきました。そのとき、たまたまベガルタ仙台に拾ってもらえたというかたちですね。
これがベガルタ仙台との出会いです。 |