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中島裕希選手/憧れの背中を追いかけて

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速さの原点

中島 2小学1年の時からサッカーを始めました。4年生までは中盤で、5年生からFWになって、それからは今までずっとFWです。小6の時にはもうプロになりたい、と思っていましたね。
 小学校の時の監督は本当に印象に残っています。すごく怒られたんですよ。試合中でも怒られて、試合中のハーフタイムに泣いたこともありますね。根性が身に付きました。あと、その頃にかなりダッシュ系のトレーニングをやりましたね。それで足が速くなったような気がします。
 中学校の時は走るよりも技術を上げる練習をしていた印象があります。リフティングも随分やりました。そこでも良い指導者に出会えましたね。
 憧れの選手はカズ選手(三浦知良・現横浜FC)でした。でも小学校から中学校に上がる時、ヤナギさん(柳沢敦・現鹿島)がFCひがしというところから富山一高に行ったということを意識してか、自分も同じ道に進みました。だから、ヤナギさんにも本当に憧れていましたね。同じ富山出身で、同じFWということもあって。

 

scene2
忘れられない高校選手権

中島 高校の時はコーチがウルグアイの方だったんですよ。ヤナギさんの時からずっといた方で、彼にも教えたというFWの動きなど、本当に勉強になることを教えていただきました。
 1年生の時の高校選手権は本当に良く覚えています。1回戦で相手に2点を先行されていましたが、僕が2点を返しました。そしてPK戦まで行ったのですが、サドンデスまでもつれました。その先攻で僕の番が回ってきたら、僕が外してしまったんですね。しまった、もう終わった・・・と思ったら、その後にキーパーが止めてくれて、勝つことができました。
 結局、その大会はベスト4まで行ったんですよ。ただ、僕自身はその選手権の3回戦で鎖骨を骨折してしまって出られなくなったんですね。悔しかったです。
 選手権に行けたのはその時だけでした。色々なことがぎっしり詰まっていて、忘れられないですよ、本当に。

 

scene3
鹿島時代と思い出のゴール

中島 プロ入りは割と直前くらいに決まりましたね。プロの最初のチームが鹿島だったのは、やっぱり当時三冠を制覇するなど、強豪というイメージが強かったからですね。個人のレベルも高いというのもありました。でも本当に決め手となったのは、やっぱりヤナギさんがいたことです。一緒にやりたかった、という気持ちが強かったんです。でも入団してからすぐくらいにヤナギさんはイタリアに移籍したので、三ヶ月くらいしか一緒にはできませんでした。
 秋田さん(現名古屋)、本田さんのようなベテランの方々にも刺激を受けましたね。サッカーに対する情熱やプロ意識という点で勉強になりました。
 僕が入団した2003年に、サテライトでユアスタ仙台に来たことがありました。その時は、まさか数年後にここのチームでプレーするとは予想していませんでしたが・・・。僕もゴールを決めて勝った試合です。僕、自分がゴールを決めた試合は全部はっきりと覚えているんですよ。特に思い出に残っているのはその年の天皇杯、柏戦で決めたゴールですね。移籍が決まった秋田さんと一試合でも長くプレーしようとみんなで言っていたんですけど、ロスタイムに僕が決勝点を決めて次に進むことができました。トップの公式戦で初めて決めたゴールということもあって、覚えています。


13 FW 中島裕希選手

 

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