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7月3日(金)、宮城県石巻市 震災遺構大川小学校を訪問いたしました。
掲載日:2026年7月3日

7月3日(金)、2026/27シーズンのベガルタ仙台トップチーム始動にともない、宮城県石巻市の震災遺構大川小学校を訪問しました。
トップチーム選手・スタッフ、チーム関係者の合計約60人が同震災遺構にて献花を行い、その後に見学をいたしました。


献花台ではクラブを代表して森山佳郎監督、GK 1 堀田大暉選手、MF 27 岩渕弘人選手が献花を行い、一同で黙祷を行いました。
震災遺構の見学では大川伝承の会語り部の佐藤敏郎さまにご説明いただきました。佐藤さまからは震災前の町の様子や当時の被災状況などが語られ、あらためて震災を学ぶ機会となりました。また、併せて災害から身をまもるためには普段からの防災の備えが大切であることなど、たくさんの貴重なお話をしていただきました。






被災地を訪問して

森山佳郎監督
プライベートでも3度ほどこちらを訪れたことがあります。自分が訪れた理由は、先生方、指導者の方の言葉がけやはたらきかけ次第で救える命があったとか、指導者の判断とか、そういうものが非常に重要で、選手たちは自分で判断しないといけないし、指導者に言われたままではなくて自分でその場の状況を判断して行動しないといけないということを、私は当時思いながら考えていました。
今日はあらためて語り部の方のお話を聞いて、震災発生後のその場では子供たちがパニックになって動揺して泣いて慌てふためいている中で、ほんとうにそういう判断ができるのかということは難しいのではないかというお話を聞いて、だからこそいつ起こるかわからない災害に対して考え、準備し、そしてしっかり決断して行動することが非常に重要だと思いました。準備の大切さ、防災の意識があって、訓練のための訓練ではなく本番が来たときに命を取られるかもしれないという状況でしっかり判断できるようになるためには、想像力もいりますし、準備などもある程度絶対に大丈夫な方法を決めておかなければならないと学ぶことができました。
語り部の方の娘さんがここで亡くなられて、自分にも娘がいるのでそのときの気持ちを思うとほんとうに厳しい。そして、声がけをしようもないような辛い、そういう家族が74名の子供たちと10名の教員のみなさんの家族で、そういう悲劇があったということでした。ほんとうに何もない、すぐに山に逃げると決断して行動していればそういう悲劇も起こらなかったということで、こういう大川小学校の痛ましい出来事の中でもわれわれは救える命を救ったり防災減災をしっかり教訓にして、自分たちの明日や明るい未来につなげたりしていかなければいけないと感じました。

GK 1 堀田大暉選手
震災から15年が経ちましたけれども、僕たちが送っている日常というものは当たり前ではなく、ここにも日常というものがあって、そういったものを僕たちは忘れてはいけないと今日の活動で一番強く感じました。この震災を受けた方々に対して、僕たちはサッカーを通して活力やパワーを送っていきたいという思いになりました。
—当時を知るひとりとして、思いをプレーへどのように還元していきたいですか。
僕も身近にいる友達や親戚に被災した人がたくさんいて、そういう人たちに支えられて僕自身もプロサッカー選手になりましたし、その当時にベガルタ仙台の選手の方々が僕たちにパワーをくれたように、僕も同じ立場で当時被災した方々に対して、そして宮城県や仙台市に対して、ベガルタの選手として日々の活力になるようなプレーをしていきたいし、チームとしてもJ2で優勝してJ1で躍動する姿を見せられるように今シーズンがんばっていきたいと思います。

FW 7 中島元彦選手
すごく複雑な気持ちになりました。もしかしたらここで生き残っていたらベガルタの選手がいたかもしれないし、そういう人たちの思いを背負いながらピッチに立つべきだと思いました。
—仙台に復帰して、どのような思いで始動日を迎えましたか。
いろいろ思うところはありますけれども、このチームをJ1で戦えるようにするためにも、J2で優勝できるようにがんばりたいと思います。
東日本大震災では多くの尊いいのちが失われ、深い悲しみは今も続いております。われわれはそのことをしっかり受け止め、チームの努力、試合で戦う姿、そして勝利と活躍が地域のみなさまにとって少しでも勇気や希望の力となってくれるよう、引き続きがんばってまいります。